アメリカ生活引っ越しざるを得なくなって引っ越しました#40
コロナ禍で私がアメリカに移住して約2年半、家賃が高騰して今までいたアパートから引っ越しをしなければならない状況となってしまいました。家賃が上がらなければ、引っ越しをしようとは思いませんでしたが、必要に駆られてとうとう引っ越しをする事になったのです。
新たな場所
新しく引っ越したこの場所は、60歳以上の高齢者向けのアパートメントで条件が整えば、私の歳でも入居が可能だ。
前にも書いたが、1960〜1970年代に建てたれた2階建てがほとんどだが、中には4階建てのアパートもあり湖を取り囲むようにアパートが立ち並ぶ、小さな町のように区画されたとても安全な場所である。

ランドリーが家の中にないのが、残念ポイントだが、そのほかは意外にも良い物件に巡り会えた。
15件以上みた物件巡りで一番最後に見たのがこの部屋だった。
私の中での条件である、ランドリーが家の中にない事以外は、全てを満たしていたので夫も私も即決で決めた部屋だった。
プールも小さいが、併設されている。このアパートの人なら自由に使える。
1ベットルームだが、前よりも全てが広々しており、キッチンやバスルームはリノベーションされ、とても綺麗で快適だ。床はセタミックタイルが敷き詰められ、ホワイトと薄いブルーグレーの壁が基調となっている落ち着きのある部屋である。このリビングルームの他に同じくらいの大きさのベッドルームと窓際に横長のサンルームがある。全ての部屋はぐるりと一周回れて、どこからでも入れる。
全ての荷物が整って快適な暮らしをするはずだ。
こんなに時間がかかるとは
今回の引っ越しに伴い、5年前から日本から持ち込んだ大量の家族の荷物をやっと整理する時が来た。全てを片付けるため、妹が日本から約1ヶ月、手伝いに来てくれた。
倉庫には私だけではなく、母親が使っていたもの、祖母の時代からのもの、妹のもの、夫のもの、今まで、何度となく整理していたが、片付けきれていないもの全てが、そのままそこに保管してあった。
見るだけでやる気をなくす大量の荷物。
妹がレンタカーを借りていたのでとても助かった。私は通常のスーパーの仕事があったので、その日は妹だけが作業をするという日々が続いた。
まずは全ての段ボール箱の中身の確認作業だ。
5年前には真新しかったダンボールも時が経つととても古く感じる。今まで開ける事なくダンボールの中にあった物たちは、知っている物だが、どこか他人行儀に感じるものに変化していた。ずっとどうにかしなければならにという思いとは裏腹に、現実の生活でそこに目を向ける時間が取れなかったのだ。
今ようやっと片付ける時が来た。それは過去との決別も意味する。
今の生活で使いたかった懐かしいものがあった。しかし、今の私には必要のない物もたくさんあった。
時が経つとはこういうことだ。
人の気持ちも変化する。
今まで大切に抱え込んでいた物や思い、それを見る機会がないまま時が過ぎると、自分にとってはどうでもいいもの、今の私には必要のないものに変わっていた。
いつか読み返すだろうと思ってとっておいた、雑誌や本、卒業アルバム、大量の家族写真。
今までの家の中では居場所があった、飾り物達。どれも懐かしく、ノスタルジーを掻き立てる。しかし今の私にはもう必要のないものとなってしまった。それぐらい5年という月日とアメリカ生活で私の心も変化した。
選りすぐりの物を残して、ほとんどの物を処分することにした。それでもまだたくさんのものが家に溢れていると思っている。
処分に困ったのは、祖母や母の代から伝わる食器類。結局義理の母やその友達が欲しいと思ってくれたものはお譲りすることにして、それでもたくさんある大、中、小のお皿、ティーカップ、湯呑み、お正月に使う食器、その他様々な思い出の品をアメリカにあるユーズドショップに売ることにした。
義理の母がそのお店を調べだしてくれ、全ての食器をまずは並べ、写真を撮り、梱包し直して、売りに出す作業を妹と共に夜な夜な作業をした。

作業をしながら昔を懐かしむような余裕はなく、とにかく分類、処分、売る、そして写真を撮り、リストにし、梱包する、箱詰め作業の繰り返しだった。写真には収まりきれていないほどの大量の物たちを捌くのはとても大変な作業で、私は日中仕事がある日があったので、このほとんどを妹が頑張って作業してくれていた。
彼女は何かにせき立てられるかのよう責任感をもってこの作業のために渡米してくれたのだ。ありがたい。彼女がいなければほとんどの物はぞんざいに捨てられる運命であったかもしれない。これまでにも倉庫にあった荷物を減らす作業はしてきたが、本当にまだ使えるこれらの物を、本来なら母もアメリカで生活する予定で持ち込んだ品々をなんとかしなければならなかったが、私はそれに一人では取りかかれずにいたから、本当に助かった。
箱を倉庫から一つずつ取り出して、中身を確認、本当に使えないものは、途中で前に住んでいたアパートのゴミ箱にに捨てに行き、そしてまた倉庫に戻って、選り分け作業の繰り返し。本当に気の遠くなる作業だった。50箱以上の段ボールの中身をより分けなくてはならなかった。
猛暑のフロリダで特に倉庫内での、この作業はとても過酷だ。トイレも近くのガソリンスタンドに行かなけれんばならなかった。鍵を借りなければトイレが使用できないので店員さんとは顔見知りになるくらいそのお店のトイレを借りた。何度も倉庫とアパートでのゴミを捨て、いる物を新たに持ち帰るという往復をした。汗だくになり、体も相当疲れた。
妹曰く、「作業はとても大変だったけど、あの荷物がある事で常に気掛かりであり、ある意味のカルマ落としの作業が出来た。」と後に喜んでいた。
とにかくやっとのことで、引っ越しの一連の作業が終わってホッとした。
案ずるより産むが易し、あれから数カ月が過ぎ、その後色々あって今は少し落ち着いて生活ができるようになりました。結果、家賃は少し安くなり、安心な場所に引っ越しをしてよかったと思いました。まだまだ整えたいポイントはありますがおいおいやっていこうと思います。


















