国際結婚 会話によるズレ#19『そんな言葉で喧嘩になるの?』

アメリカの空に国旗

まさかこんな言葉で

誕生日月間ということでここ、最近までとても気分良く過ごせていた今日この頃。

まさか、こんな事で喧嘩になるなんて、というような事があったのでブログに書いてみようと思います。

ある日、晩御飯の準備が整いそろそろご飯でも食べようとしていた時に、ダリル君の大好きなアメリカンフットボールをテレビで見ていた時の事です。

「Oh, your favorite team」と何の気なしに言葉を発した私。そしてその次に「あなたのお気に入りのチームです」と英語勉強アプリの話し方で声にしました。

それから少し経った時に、ダリル君から思わぬ言葉が

「あなたは私の事を、そんな風に思っていたのですね。」と。少し憤慨しているのような口調。

私は何の事だかよく分からずに、頭の中は「?????」ハテナマークが飛び交い、一体何が起こったのかしばらく考えましたが、全く何の事だか検討がつきません。

そこで「何を言っているの?」と聞いたところ、どうやら私が「あなた」という呼称ではなく、

「君の好きなチーム」と日本語で言ってしまっていたらしいのです。

言ってしまっていたと言っても、何も変な言葉ではないですよね。

それでも、日本語訳が間違っていた訳ではないので、何が問題なのか聞いていくと、その昔、住んでいた日本で「君」という言い方は、年上の人が、年下の者を指す時に使う呼称であり、軽視した言い方だと聞いていた。というのです。

もちろん、その通りだけれども、日本語を話し慣れている日本人からしても、親しい間柄の中では相手の事を「君」と呼ぶのも間違えではないし、ただの言葉をテレビを見たときに発しただけで、他の意味は特になかったので、私も

「一体、何がいけないの?”君”は悪い言葉ではない」と食い下がりました。

そこで口論になり、どうやら彼は、私が見下していると思ったらしいのです。

夫婦喧嘩

そんなことがあるはずがありません。まして、アメリカで生活していくのに、彼がいないとまだどこにも行けるような状態ではない私にとっては、車を運転してくれてありがたいと思っているし、英語でやりとりできるだけでも大尊敬なのにです。

逆に、なぜそんな言葉だけで、私が彼の事を軽視していると見なすのか、その事の方が悲しくなり、そんな事を思っていないと伝えても、一向に分かろうとしてくれません。

そんな事はある訳がないのにです。

そこで、仕方がなく日本の私の家族にLINEでこの件について確認してみることになりました。

家族の反応

夕食を食べ始めたばかりですが、気が気ではない私は早速LINEをして家族にその出来事を伝えました。

母は80歳なのですが、LINEに慣れていないせいで、普段話している時とは何か感覚が違うようで、言葉がなかなかうまく出て来ません。それでも何とか私の言った君と言う言葉は、軽蔑して使った訳ではないと言うことを夫に話してくれました。

しかし、夫は納得が行きません。私の家族がそうでも、日本の社会や会社ではそのような事はないと言って譲らないのです。確かに上下関係のような立場が違えばそうような事を気を付けて発言しなければならないのはわかりますが、仲の良い夫婦としての関係だから、私としては大して問題にもならないと思うのですが・・・。

ここまでの話だと、夫が”日本語を理解していない分からずや”と映ってしまいますが、どうやらそこまで言うのには理由がありました。

その話を母の隣で聞いていた私の妹が捕捉で教えてくれたのですが、どうやらその昔、夫が若い時に日本の居酒屋で夫よりも年上の男性とお酒を飲んで「楽しいな」と思っていた矢先に、その場で一緒にお酒を飲んでいた相手の男性が段々不機嫌になり、怒り出したことがあった。と言うののです。

その時の夫はまだ若く、日本語も拙い状態だったのでしょう。それでも日本に来て、一緒にお酒が飲める状況を喜んでいたのだと思います。そんな中、どうやら夫はその年上の男性に対して「君はどうですか」とか「君は何が好きですか」とかやたら、英語で言うところのyouという感覚で「君」を連発していたらしいのです。そしたら大変、相手がみるみる不機嫌になり、彼も困惑したことがあった。という話を妹が覚えていて教えてくれました。

そのLINEでのやりとりの時に、その事を踏まえて夫に「君」の使い方の違いを話してくれたのですが、怒ってしまっている夫の耳にはその言葉も虚しく入ってこないようでした。

私の家族も「悪気が無く言った事だけど、謝りなさい。そして言い方を気を付けなさい。」

という言葉を親として私に言うしか無いのでその場はそれでおしまいになりました。

LINEが終わってもムカムカして食欲もなくなり、その日は夕飯を食べる気にもならず、大して食べずにそそくさと夕食を済ませ、夫が洗い物をしてくれている間に、私は自分の気を納めるために一人でベッドルームで自問自答をしました。

なんでこんな事で二人の関係が崩れなければならないのか?冷静になって考えてみました。

もしかしたら、職場で嫌な事でもあったのかな?だから虫の居所が悪かったのかも、そんな事を考えたりも。

夫の立場に立って、その当時の日本で体験した外国人として悪気なく「君」と言う言葉を使ったが故に、相手から激怒され、それが夫にとってはとても辛いトラウマになってしまっていたのだなと。だから「君」と言う言葉を聞くと反応心で逆にその時の事を思い出して、憤慨した気分になり(本当は悲しい)あのような態度になってしまったのだという事を後から理解しました。

私は私で、理由もなく突然夫に不機嫌になられて、混乱し、夫が私をそのように見て誤解している事が、まるでもうその誤解が解けないのではないかと言う悲しみと不安に苛まれました。

このままでいいはずがありません。何とか自分の心を整えて、しばらく立ってから仲直りをしにキッチンに向かいました。

食器洗いが終わってタバコで一息つき、少し冷静になっていた夫の元に行き夫に尋ねてみました。

もしかしたら、「今日仕事場で何か嫌なことがあって我慢でもしていたの?」と

そしたら、夫:「そんな事はない」と言う返事。

私:「では、なんで、そんな事で怒ったの?誤解されたままで私は逆に悲しい気持ちになったよ。」と。

夫:「minakoが悲しむ事は、一番、自分にとっても悲しい事。ごめんなさい。もう喧嘩は終わりにしよう。」

彼は彼で一人で心の中のモヤモと対峙していたようで、色々と話し、ようやく落ち着きを取り戻してくれました。

その後、「君」と言う言葉は日本ではそのように目上の人が目下の者に対する呼称として使う場合もあるけれど、親しい間柄の中では「君」と言う言葉を親しみを込めた言い方で使う場合もあるのだ、と言う説明をしてとりあえず、今回の喧嘩は一件落着となりました。

スピリチュアル的に考える

この何気ない一言がお互いをなじり合うような喧嘩にまで発展するとは、思ってもなく、改めて言葉の違いによるすれ違いってあるんだなと実感する出来事でした。

これをスピリチュアル的な視点から捉える事で、相手のトラウマが自分にも諸刃の剣となって向かってきて、それにより私自身の潜在意識に潜む、自分の顕在意識では自覚できていない部分を手放す結果となりました。

私にとって、今回の件で誤解による意思の疎通が出来ないことへの、もどかしさと辛さと、悔しさみたいなものが自分の中にあったんだということを気付かされました。そして「もうそれはいらない物だから手放しなさい。」と何かが後押ししてくれたかのようでした。

彼にとっても辛いトラウマを癒すいい機会だったのでは無いかと思います。なんていうことのない「君」という言葉により傷つき、それに過剰に反応してしまうことで、間違った見解でさらに傷つけることになる。でもその「君」という言葉の新しい使い方を知る良いきっかけになったし、その時の年上の男性からの攻撃された記憶も緩和したのでは無いかと思うのです。

日本に長く住んでいた夫は、外国人という事で知らないうちに、気を使い、日本の風習に慣れるために自分を抑えて必死で生きて来たんだなと思うと、胸が痛みとても切なくなると同時に、なぜか自分もそのことがきっかけで自分の中にあった苦しい気持ちを思い起こさせる。

これも私にとってはいらないものなので手放しです。

なぜか、夫と仲直りするときに出た言葉は

『 I Love you,Please forgive me,I’m sorry, Thank you 』

『 愛してます。許してください。ごめんなさい。ありがとう。 』

というho’ o pono ponoの言葉でした。

しっかり潜在意識の記憶の再生を消去する言葉が自然と出てきたのです。

私と同じくスターシードである妹曰く、そうやってアセンションに向けていらない物を手放し、潜在意識も書き換える必要がある事を教えられているのだと言う事でした。人間は些細なことだけど、それぞれに記憶に刻まれた出来事に思わず反応してしまう事で現実でそれがどのような影響を受けるのか知り得ないビックリした出来事でした。

50歳になってもチャレンジングな人生を歩み続けるとは思ってもいませんでしたが、人生の流れに乗って新たな生活の場をアメリカフロリダ州 West Palm Beachに移住することになりました。その経緯や今後の生活で感じたことを綴っていきたいと思います。

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