働いてみて感じたアメリカという場所#39

ドキドキしながら面接に行ったのは、去年の10月。あれから10ヶ月という月日が流れた。毎週だいたい週3日、スーパーで働き始めたのだが、今回はそこで働きていて思うアメリカ、というより、フロリダという場所で感じた人々との交流について書いてみようと思います。

スーパーの定員というだけで

普通に買い物でどこかのスーパーで買い物をしたときに、その駐車場で出会した人に挨拶をしても、感じがいい人だと挨拶を返してくるが、大抵はそこまでお互いに知らない人と、しかもアジア人に対してそこまで挨拶をしてもらえないのが現状ではないだろうか。

それが、スーパーのユニフォームを着ているというだけで、人々の反応が変わるのが面白い。

相手の方から挨拶をしてきてくれるのだ。だから私もなるべく、多くの人々に笑顔で挨拶をするように心がけている。そうすると本当に面白いように、強面の方から、普段なら挨拶を交わしそうもないような方まで、人懐っこい笑顔で挨拶をしてくれるのが嬉しい。

ただ歩いているだけで

私の仕事はスーパーのレジで、キャシャーの隣でお客様の購入した買い物の品の袋詰めをする仕事と、駐車場に置きっぱなしになっているカートを集めたり、お客様の購入品を一緒に車まで運んだりする事をしているのですが、この仕事は意外にも一番お客様と接する仕事なのである。

英語が話せない割に、一番お客様に接する仕事についているという、おかしな事になっている。

日本人的には当たり前の仕事をしているだけで、ここフロリダではとてもお客様から喜ばれます。

どうやら、他のスタッフは買い物品を「ただ袋にぶっ込んでいる」という表現が当てはまるほど、とても雑に製品を扱うのに対して、瓶や缶は立てて整頓して入れる。卵や柔らかいパンやケーキには最新の注意を払う。など当たり前の事をしているだけで、お客様からは「パーフェクト」「グッドジョブ」「エクセレント」など有難いお褒めの言葉をいただきます。

日本のスーパーで働いている方々の仕事ぶりを思うと、日本人はとても丁寧な仕事をしているなと再認識させられたりします。

私が働いているスーパーは、基本的にチップは頂かないことになっているので、滅多なことではないのですが、チップの文化が当たり前のアメリカでは、それでもチップを下さるお客様がいらっしゃり、こちらが断ってもそれでもくださるというような、とても有難い気持ちにさせられます。

そして、駐車場やスーパーの中をただ歩いているだけで、呼び止められて

「あなたいつもよくやってるわ、いいものをあげましょう」と10ドルもチップをいただけたりしたときには、ちょっとびっくりしました。

そのほか、いつも宝くじを買っているバイカー(バイクに乗っているタイプ)のおじさんが、いつもは挨拶だけするような感じだったのに、ロッタリー(宝くじ)で少しお金が入ったのか、無言で5ドルを渡してくれたります。

今のバガーの仕事では、チップを頂いたとして、大抵は1ドルから2ドルくらいが相場だと思うので、これはとても稀なケースなのであるのだが。それにしてもチップ文化に慣れていない日本人の私としてはとても新鮮に感じるのである。

よく英語が話せていなくても

私の英語は最初の頃よりは、毎日英語に触れることで少しは前進していると思われるが、まだまだスムーズにコミュニケーションが取れているのとは、程遠いのが現状です。それでも容赦なく、人々が当たり前に英語で話しかけてきます。

アメリカに住んでいる人は、日本に比べて平気で語りかけてきます。当たり前に英語かスパニッシュで。

できるだけ、耳をかっぽじって、相手の言っている事を聞き取ろうと”全身丸ごと耳”のような感じで、その言葉に答えれるように努力をしています。そうすると、意思の疎通ができるので大概のことは解決できています。どうしてもわからないときは、他のスタッフに聞いてもらったり、英語がよくわかっていない旨を伝えると、相手もそれに理解を示してくれるのです。

レジにいるときは、『have a good day』『have a good one』( 良い1日を)と言葉を発すると、

大概はそのお客様から何かしら返答の言葉をいただき、スモールトーク(ちょっとした日常会話)に発展します。たまに言葉がわからなくて、笑って誤魔化している時はあるのですが、それはご愛嬌です。

毎週レジや駐車場で働いてるうちに、常連のお客様からは顔と名前を覚えられていて、とても親しみを込めて接してもらえたりします。

意外にも私が日本人であるという事が珍しいらしく、日本にいたことがある方や、行ったことがある方から、日本語のあいさつをしたくて、話しかけてきてもらえます。

面白かったのが、ある日お店の店内放送で、私が電話口まで呼び出されました。

夫ならスマホにかけてくるだろうに、一体誰からの連絡なのかと思って、電話に出ると、

『あなたは、ミナコでしょ?私の事覚えてますか?今度うちでパーティをするのであなたを招待したい。』

と男性から突然そのような事を言われ、咄嗟の出来事に英語で返答を返すのができたのか、できなかったのかわかりませんが、とりあえず、

「私は、車を持っていないので、どこへも一人ではいけません。すみません。」みたいな内容をしてお断りしたのを覚えています。わざわざお店にまで電話をかけてくるなんて、びっくりしてしまいました。

そんな感じで、平気でいろんなお誘いをしてくる方がいたりします。

ときには電話番号を紙に書いて渡してきたり、ある意味興味を持ってもらえたりもする。日本よりコミュニケーションがとてもフレンドリーに垣根を越えてくるので、少々面食らったりもします。

他には、この仕事よりもっと時給の良い仕事をやらないか?とか

そして意外に多いのが、私はあまり日本人として見られないということがあります。

スパニッシュができるのではないかと思われていたり、ロシア人、オランダ人にも間違えられます。

そういう意味では、自分だけが日本人であるという自覚はありますが、みんな自分の知っている基準で物事を見ているんだという事にも気がついたりします。

以上のような感じで、ある意味意思疎通はできているので少しは英語を使って仕事ができてると思います。

流暢に話したいのは山々ですが、そんなことよりも、相手の言っている事に理解を示す事で、80%は意思疎通が取れ始めているのかもしれません。全ては相手に対して心を込めて接することで問題は無くなる事を経験として知りました。

仲間として

スーパーで働いて、なんとなく毎回顔を合わせていると顔見知りになり、最初の頃は緊張して名前を覚えるのが精一杯の状況だったのですが、だいぶ慣れてきました。

今では、お互いにフォローしあったり、老若男女関係なくハグをできるような関係に変わってきたことに喜びを感じているこの頃です。

やはりこちらから心をオープンにして接することで、人種や年齢など関係なく、人間として理解できるのだと思いました。

私以外は全て、英語、クリヨール(フランス語)、スパニッシュなど、他の人はお互いに意思疎通ができる言語で何かあっても心強い同郷の人々がいるのに対して、私は本当に誰も日本語を話せない環境にいることで、ちょっとしたことも正確に知ることがないような環境で、たまに孤独を感じていたのですが、最近ではそんな気持ちも無くなりました。

夏休みの高校生もアルバイトで一緒に働いているのですが、彼らの方が英語が当たり前に話せるので、まるで私の方が年下のような気持ちになります。たまに困っていたりすると、助け舟を出してくれたり、同僚のナオミが相変わらず、意味不明なちょっかいを出してくる事に対して、私の事をかばって、反論してくれたりもしてとても心強かったりします。

自分が勝手にそういう気持ちでいた事で(英語が話せないことへのコンプレックスのある気持ち)誰も私が日本語しか話せない事は一切気にしていないという事、私という人間性で受け入れてもらえている事に、臆病にならずに、堂々とできるようになった事で、状況も変わったように感じています。

とても自由で人間味があるお客様

たまになのですが、お子様を乗せて買い物ができるカートがあるのですが、なんとも面白かったのが、おばあさんが、友達のお婆さんを乗せて買い物している姿を見たときに、なんとも微笑ましい気持ちになりました。日本ではあまり見かけない、あり得ない事を普通にしているのが面白くて思わず笑ってしまいました。

そして、レジでの出来事ですが、ちょっとしたスナックや、チョコレートなどの少額のものですが、よくお金を払う段階で自分の持っているお金が足りなくて、諦めようとしているお客様がいると、後ろに並んでいたお客様がそれに気がついて、代わりにその商品を購入してあげたりする、とても心の余裕のある態度をしている方が意外といます。

お金を払ってもらったお客様も断る事なく、ありがたくそれを購入してもらっていて、そういうギブアンドテイクの感覚が当たり前にあるんだという事を目の当たりにして、カルチャーショックを受けると共に、感動してしまいます。少しのお金だとしても他人のために当たり前にそれができる人々。

そのほか、『Buy one get one free』(一つ買うと、もう一つが無料でもらえるという意味)の商品を、自分が必要以上にいらない時は、私達スタッフにその場でその商品をくれたります。

他にも。チェリーが美味しいからと、買った品物を試食させてくれたりするなど、ととても自由な感覚を肌で感じる時に『なんて素敵なんでしょう。』と思ってしまうのです。

まとめ

最初にスーパーで働くことになった時は、そういう仕事自体をしたことがなかったし、英語という環境にすごいプレッシャーしか感じられなかったが、実際にさまざまな人と触れ合うことでの体験を通して、大きく人生的な飛躍になるくらいの経験が出来たことを、嬉しく思います。

幾つになっても、どこにいても、勇気を出して飛び込んでみると、新しい自分を再発見し、その気になれば宇宙からの思いもしないギフトがもたらされ、さらに居心地良く、自分らしくいられるようになるのだなと思いました。何かに躊躇してしまう事があったら、新しい扉を開ける良いチャンスと捉えて飛び込んでみると思わぬ体験ができるという事なのだと実感しました。その体験ができている事をとても嬉しく思い、感謝の気持ちが自然と湧いてくるのです。

50歳になってもチャレンジングな人生を歩み続けるとは思ってもいませんでしたが、人生の流れに乗って新たな生活の場をアメリカフロリダ州 West Palm Beachに移住することになりました。その経緯や今後の生活で感じたことを綴っていきたいと思います。

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