スターシードの苦悩#44

正解を選ぼうとするほど苦しくなった

日本に戻ろうと思う前に私が体験していた感覚のお話です。

私がアメリカ生活においてどうするのがいいのかを一番自問自答を繰り返していた時でした。

その年はとにかく今自分ができる事を頑張るしか道はありませんでした。

私がアメリカでできる事、それはとりあえず日々の糧を稼ぐ為にスーパーで働く事

『それをする為にアメリカに来たの?』

と自分に問いをする事もなく、ただ働き続けました。

いつの間にか、からだは痩せてしまい(今までとは逆)、体力と気力、

照りつける太陽や、激しい雨風、高い湿度と湿度

言葉の壁、価値観の違い

最初は初めての体験に驚きと共に闇雲に取り掛かるしかありませんでした。

とにかく自分の生きたい生き方ではないことは確かなのです。

反面、気候が大好きなハワイを思わせる部分もあり

プールでのんびり過ごせる日にその思いを無理矢理に回収していたのか

それも虚しくなってくるのです。

常にここではないどこかを夢見て生きる

それが私に取っての現実回避の思考回路がまた発動していました。

これは今まで私が生きてきた経験上、身につけてしまった思考の癖であることが

内面を見つめていく過程でわかってきました。

現実を頑張るにはそれしか生きる術がありませんでした。

自分には他に選択肢がない状況の中で編み出してしまった思い込み

いつも望む現実ではない部分で生きてきた時に、そのように思うことで自分を慰める癖

これがとても厄介な現実を作り出していたのだということをわかってきました。

その時の私は特別な何かになろうということではなく、このまま魂の目覚めを無視し続けることができなくなっていたのでした。

私の場合は、ただ夫に頼って生きるというより、自分自身も自立をして生きたいと感じて生きていたのですが、50代で新たな自分を確立できると思い、アメリカに渡米したはずが、運転免許も取れず、自分で運転できる環境がなかった為に、不覚にも何一つとして自分で行動できない自分になってしまったのでした。大好きな場所ではあるけれど、自分らしく行動出来ないもどかしさというものを体験しました。ただ働くだけという現実を生きた時に、ここではないどこかを夢見てしまう癖が発動していました。

今に始まった事ではない思考の癖

この思考の癖は、私が10代だった時に、自分の意思とは無関係にその場で生きるしか術がなかった時に身につけてしまっていました。そして50代の今になってまで、その時に起きた心の傷のようなものを抱えて放置してしまっていたことを振り返る時が来るとは思ってもいませんでした。

でもそれを顕在意識に浮上させてクリアリングしないと『また同じ事が形を変えて繰り返し起こる。』という事がわかってきたので、あえてそこに向き合う時が来たという事なのです。

転勤族であった父の仕事は、会社に言われるがままに住む場所を変えなければならなかった為、

私は中学時代では中1の時の夏と

高校時代は入学してすぐの夏と翌年の夏に転校を余儀なくされた事で、3つの高校に通う事となりました。

その時の私には、生きる場所を選べるわけもなく、今まで生きてきた環境の違う(東京から地方への転勤)場所に転校する事は

思春期の私には受け入れ難い出来事でしたが、嫌でもそれを受け入れて生きるしかありませんでした。

そんな昔の出来事を今ではとっくに忘れ、人生を前に進めて次から次へとチャレンジして

新たな気持ちで生きているつもりでしたが、どうやら辛すぎてその時の私は誰にも言えずに一人で抱え、心に隠し持ってしまったことで以下の事が傷となってしまったようです。

友情や恋愛を続けられない悲しみ

新しい環境下で簡単には馴染めず無理をして明るく振る舞おうと取り繕う自分

自分だけ落ち着かない環境で、表面ではみんなと同じように楽しい高校生活を送りたいけどできなかった苦しみ

場所が変わるごとに学校のレベルを落とさないと受け入れがなかったことで諦めの境地になり

狭い考えに囚われていた劣等感

それを理解してもらえないことへの怒り

常に環境が変わることで何を学び、何の為に学校に通うのかさえわからないがとりあえず高校を卒業する事だけを考えて前に進むしかなかった混乱

先の見えない将来への不安

自分の力ではどうしようもできない無力感

誰が悪いわけではなく、誰にも理解されない状況でやり場のない虚しさ我慢する事 など。

最終的にはその時にできた心の傷が癒えないままずっと燻っていました。

これを見つけて手放さない限り人生が前に進んでいる様に見えても、心の中のモヤモヤは何も変わっていなかったのです。

確かにその時は本当に辛かったのですが、誰にも伝えられず、

自分もそんなことを思っても表面上は何ともないふりをして生きるしかなかったので

辛い部分を見ない様にして時間をやり過ごすことで解消できると思い込んでいました。

今振り返ってみたらこんなにもいろんな不具合を思い悩んでいたのに、見て見ぬふりを私自身がしていたのです。

その時から『今ここ』 ではなく、遠い所に思いを馳せる

スピリチュアル的に言えば『今、ここ』にいることこそが自分と繋がれることだと、今ならわかります。

しかし、私はそれとは全然真逆をずっと生きていたのです。

3次元の意識で現状を何とかしたいと頑張り続けたけ結果、自分の中は空っぽになってしまいました。

常に先を見続け、この先にはきっと生きやすい世界が待っているはず

だから頑張ってさえいれば何とかなる

自分の内側に意識を向けていたつもりが、実は見たくない側面については見る勇気さえなかったのです。

自分は今後の人生をどの様に生きていきたいのか?

もうそれさえも、『何もわからなくなってしまった。

ただ現実を変えたいだけでない、それは今まで生きながらやり続けて

外側の現実を変える事は、心の内側にある思考を変える事よりは簡単なのです。

しかし、そのさきにあるもっと奥深くにあった魂の望みをわかって

それを実感することができないのでした。

まさかこの歳になってまで、10代の時に抱え込んだ心の傷が自分の人生の邪魔になるという事があるとは思ってもみなかったのですが、インナーチャイルドである魂はそれを覚えていて、形を変えて解消されるのを待ち望んでいたのです。そんな事など何も知らずに、すっかりその時のことは自分の中にはなかったことのようにして、思い出したくない事として見ないように生きてきたのだと気付かされます。インナーチャイルドはその人それぞれが生きてきた経験によってできる心のにいる存在で、私の中でずっと我慢して見つけてもらえるまで鎮座している存在なのです。

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ただ、自分にとっての正解って何?

私ができる事、頑張れば何とかやれてきた事が、気力、体力と年齢を経るごとに通用しなくなるという現実を目の当たりにします。

こうやって、自分の内面につながる事でしか答えは見つからないという事になるのでした。

今の私は、『日本とアメリカ どちらかを選ぶのが正解という事ではなさそうだ。』

それを考えても何もしっくりこないのです。

ただ、今言えるのは、自分の内側を見つめて向き合うことで、そのような経験を通して目覚めていく魂だったということかもしれないと

ここにきてやっと理解しようとしています。

そして私の望みは “ただ、ゆったりと自然と共に健康的な食事を楽しみリラックスして過ごす事” でしかなかったのです。

大それた事ではなかったという事です。

何が正解なのかということはなく、ただ自分がしっくりくることを選んで実行するだけなのです。

『私はただ安心した状態、気分でいたい。』

それが私の望む世界でした。

それを知るために、体が不調になる事で今まで普通にできていた事さえ出来なくなるという経験をして

さらに自分の内側に入ることでそれを知るのです。

今できることを一生懸命にやればいつか報われるはず、そしてその先には夢のような私の望む世界に繋がれているはずという思いで、懸命にやった先の未来を夢見ても解決には至れないのです。今まで生きてきた信念体系を変えない限り、同じことが続くのです。魂が契約してきたものを解除する事でそれをクリアにすることができるのです。そこには余計な心配や不安や恐怖心のない世界で存在していたいという事がわかってきました。

50歳になってもチャレンジングな人生を歩み続けるとは思ってもいませんでしたが、人生の流れに乗って新たな生活の場をアメリカフロリダ州 West Palm Beachに移住することになりました。その経緯や今後の生活で感じたことを綴っていきたいと思います。

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