本当の自分を思い出すために#43

雨上がりの空

何とかしたくて

本当の自分がわからなっくて結局、スピリチュアルを学べる学校に行くことにしました。

人生がうまくいかなくなった30代の頃から、目に見えない何かの力が働いていることは感じていました。

ホ・オ・ポノポノ、引き寄せの法則、宇宙の法則、宇宙の真理、神様との対話、バシャール関連などスピリチュアル系の本を何十冊も読んでいましたが、

それ以上に自分自身でそれを学ぶ事はなぜか避けていました。

何人ものそのような先生に人生の不具合を見てもらったとしても、私の人生の目的まではわかりませんでした。

ただ自分の人生の目的は自身で探る以外に方法がないと分かっていましたが

どんなに現実を頑張っても、人生が一見すると上手くいく様に見えて、でもそれが続くことはありませんでした。

一時は、現実的に状況が変わることで「何かが変わるはず!」と期待をして人生が変わった様に見えても

自分の内側が満足するような結果になることはないのです。

ここまでやってきて、もうやりようがなくなって、やっと本格的にその様な学校に通ってみようと思いました。

学校に行って良かったのは、自分自身をクリアリングでき、ヒーリングできる手法を学べた事でした。

そして学んでいる最中に、クリアリングが進んで楽になるはずだと思っていました。

確かにリーディングとヒーリングのやり方を学んで楽にはなったことはあるのかもしれません。

実際、コースを終了して更なる学びを続けていくうちに

さらに体の中から湧き上がる、なんとも言えない切ない思いが続いて、みぞおちのあたりに込み上げる感覚がきて

何かあるたびに泣いている自分。

私はこんなに泣き虫ではないのに、心のタガが外れたかのように泣きたくなって

泣きじゃくるということが何ヶ月も続きました。

毎回、何かを無意識に感じて泣く自分。

自分でも何が何だか訳がわからない時期が続いていました。

この症状について、ある日のクラスで海外から参加してくださっている先生に聞く機会がありました。

その答えは

『あなたは今後スピリチュアルの先駆者として、それを経験してリーダーになっていくから、その様な手放しの時に起こる現象を一足早く体験している』ということを言われました。

だんだんわかってきたのは、今までの自分を一度ぶっ壊す必要があったということです。

外側の現実をよくする事ばかりを追い求め、現実を頑張る事で整えてきた自分にとって、

内面を見つめる事しか許されない。

私は何を恐れて、自分に向き合う事をさけてきたのだろうか?

瞑想を続けてハイヤーセルフに繋がろうとしていてもまだ、

繋がってはいるのだろうが、何か深く繋がれていない感。

これって一体どうすれば良いのだろう?相変わらず悩みの日々は続くのでした。

とにかく自分と繋がるしかない。それだけはわかっていました。

スピリチュアルの学校に行けば解決するということではないということがわかります。自分がどのように覚醒したいのか?それによって学びも変わってっくるということです。自分に繋がれる意識になるということを常にその様な状態で知るという事の大切さがわかりました。

それでも繋がれないもどかしさが続いている

学校に通ったら何かが変わるはずと思い込んでいた自分がいました。

でもそれは幻想に過ぎなかったのです。

今はどこかでそれを期待して依存をしていたということに気が付きます。

ハイヤーセルフを覚醒できると学校は謳っていたのに、思った様にはその感覚が掴めないままでいました。

瞑想の仕方を覚えて、自分をプロテクトして、リーディング、クリアリングをしても尚、しっくりこないのです。

とにかく、これ以上何もする気になれないという無気力感に苛まれていました。

周りの卒業した先輩やクラスメイトが自分のやりたいようにその後の人生を進んでいるように見えるのに

私にはそのように思える感覚が一向に来ないのです。

学校では「感覚的に繋がるとはこんな感じ」という事については、人それぞれで漠然としていて、

特にそれを教えてくれるということではありませんでした。

結果的に自分でその感覚を掴み取るしかないという事なのだと悟りました。

学校が終わった後に、ただ人生が変わらなく元の日常が続くという訳ではなく

もっと違う感覚になって、覚醒した状態になって、何でも分かっている自分に変われるはず!という

自分を期待していました。

わざわざアメリカから帰ってきたからには、何か根本的にわかるような形で変われる自分になっているはず。

学校から提案される”豊かさを手に入れる”など、そんな言葉が宙に浮いてしまうほど、私にとっては無意味に思えて

色んなイベントや部活動をそんなことは一つもやりたくないという気持ちがますます高まって

それこそアメリカでも日本でも自分らしく生きることがわからなくなってしまっていました。

私は人生を賭けて真剣に魂の望みのために、人生を生きたい。

そう思って帰国して通ったはずの学校だったのに...。

魂の望みどころではなくなってわけがわからなくなったのでした。

ただ、やり方だけは習得したので自分自身のクリアリングをひたすら続けることはできました。

イベントなどに参加してヒーラーとしての自分はできるのだということもわかりました。

学校選びも何を自分が望んでいるのか?私は魂の覚醒がしたくて選んだ学校でしたが、実際にはその感覚を掴む方法を伝授されるというより、手法を学ぶことが目的で、さらにはヒーラーになるためのコースだったようです。自分で繋がる探究は続くのです。

さらに体が不調を訴える

日本にいる間に、アメリカに帰るためにも旅費を稼がなくては、という思いで仕事を探そうと思いました。

いざ、探し始めたら以前の私ができるような仕事は、

すでに年齢で却下されるような気持ちになるような現実を目の当たりにしました。

そしてさらに、アメリカにいた時に痛めた肩と腕が首のヘルニアと共に悲鳴をあげ

激しく痛み始めたのです。

いわゆる五十肩と言われる症状ですが、腕が思うように上がらず、体の前後にさえ動かせないほどに痛くて

少し動かすと悲鳴をあげたくなるほどの激痛が走りました。

衣服の着脱さえもままならなくなってしまった。

そんな状態だから夜中には痛みを抱えながら就寝はしているが、何度も目を覚ましてしまうのです。

日中も常に眠いし、痛いしで、私はどうなってしまったのだろうか?と思うくらいに体が不調を訴えていました。

そうなんです。気持ちだけが先走って、体が身をもってそれを呈していました。

やれる、できると思っていても、体が今までの様には言うことをきかなくなってしまったのです。

そこで改めて 今は動く時ではないと認識したのでした。

PLIというクラスの先生からも、学校で学んだ手法が効果があるとは聞いていました。

ある意味、身体的に痛みは出ていたのですが、妹に体のマッサージをしてもらっているときに

私の感情の我慢がその痛みに関係している事がわかりました。

痛みの部分のリーディングをしてもらった時に、彼女のリーディングでは

その部分から、私がアメリカで我慢して働いていた時の映像が見え始めたと言うのです。

それと共に私自身もその時の、自分の心の葛藤と苦しみが蘇り、激しい痛みと共に

大声をあげて不覚にも子供のように泣いてしまいました。

そうです。ある意味の解放が起こったのでした。

その時に、体の痛みと共に記憶されてしまった事を体感しました。

クリアリングとヒーリングをしてもらったことで

少しは痛みが和らぎましたが、その後も尚、痛みは続いており

まだまだ、クリアリングが必要な様です。

そして自分の内側と向き合うことがとても大切なのです。

それと共に、常に体は疲れていて、眠気が日中でも常に襲ってくるというような

わけがわからない症状が続いていました。

この時は本当に自分の体が今までとは変わってしまって、辛い日々を過ごしていました。アメリカにいた時から溜め込んでいた感情と疲弊した肉体を癒すことが必要だったということがわかります。それに加えて、日中も常に眠くて、家族から避難されるほど、横にならないではいられない日々を過ごしていました。どうやらこれもアセンション症状の一つだと気がついていました。あまりにも普通に生きていられなくなって、自分ではどうしようも出来ない状態となってしまいました。そして頭の中でなっている高周波音。これは8年前くらいから自分でも認識してはいたのですが、どうやらアセンションの症状の一つだと言われているので、今後またそれがどうなるのか楽しみでもあります。

50歳になってもチャレンジングな人生を歩み続けるとは思ってもいませんでしたが、人生の流れに乗って新たな生活の場をアメリカフロリダ州 West Palm Beachに移住することになりました。その経緯や今後の生活で感じたことを綴っていきたいと思います。

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