アメリカから一旦帰国をすることになった #42

春の日

人生が一度、分からなくなった理由

アメリカから日本へ戻ることになった理由を、私は長い間うまく言葉にできませんでした。

誰かとの関係や出来事が原因だったようでいて、

本当はそれだけではなかったからです。

当時の私は、

スピリチュアルの世界で語られる

「魂のつながり」や「運命」『覚醒して生きる』という言葉に強く揺さぶられていました。

それは誰かや、生きる場所を選ぶというような話ではなく

「これまでの自分の生き方が、もう通用しない」

と気づいてしまった瞬間だったのだと思います。

安定や継続を大切にしてきた自分と、

本当の気持ちを無視できなくなった自分。

どちらも私で、

どちらかが間違っているわけでもありませんでした。

ただ、

どちらも同時には生きられなかった。

その時までの私を変えてしまうという存在に出会い、その時にしたかった体験をしたかもしれない。

自分の今までの人生をこのままで良かったのか?

それは、私にとって「自分自身を生きるとは何か」を

避けられなくするための出来事でした。

だから私は一度、立ち止まる必要がありました。

場所を変え、学び、静かになる時間が必要でした。

この人生において何かを知る必要があり、そして何かをしなければならない。

それが何なのかを探さなければならないと。

自分とはなんなのか

日本に戻ったのは、

逃げたからではなく、

自分を回収するためだったのだと思っています。

突然日本に帰ることにした事を夫に伝えた時には、驚きと怒りを買いましたが

ちょうどその頃、日本にいる妹からスピリチュアルの学校に行くことにしたとの連絡を受けました。

今の私にはそのような事を本格的に向き合う必要がある

もうそれしか方法はありませんでした。

そのような説明をしたところでその時の夫には理解はされない

そして本来の自分自身に戻る為に、まずはスピリチュアルの学校に学びにいくことにしました。

夫にはとりあえず自分を取り戻すため という言葉だけで何をするかは伝えずに日本に帰国することにしました。

後に夫からは自分の事は自分自身でしか取り戻すことはできないから、

とにかく自分を救って助けてきて』と言われました。

そしてさらに、自分がどこに何に向かい、何をしたいと思っているのか

とにかく今までのやり方は一切通用しなくなったのは確かです。

今までは30代で1度目の離婚後は、とりあえず手に職をつけようと、働きながら美容学校に通って美容師免許を取得して

その後も派遣で働きながらタイミングを待ち、やっとの思いで

40代でお店は開業して、再婚もして望む人生が回ると信じることができていた時はありました。

でも全ては思ったように上手くはいかず、結局は廃業して借金を返済して、実家も売り払って、

家族でアメリカ移住を夢見ていましたが、それも叶わず、

私と夫だけがアメリカに移住して、これからが人生の集大成が待っていると思っても

何かが違う 

できうる限りのことは全てやった。

やりつくしてしまった感

本来の私って何?

私は一体何を望んでいるのだろう?

人はすべての出来事を経験してみないとわからないということを、身をもって感じています。これはある意味の魂がやっと宇宙意識に目覚めようとしてして、すべてを捨ててやっと自分自身に向き合う時が来たのです。

50歳になってもチャレンジングな人生を歩み続けるとは思ってもいませんでしたが、人生の流れに乗って新たな生活の場をアメリカフロリダ州 West Palm Beachに移住することになりました。その経緯や今後の生活で感じたことを綴っていきたいと思います。

関連記事